ヨーロッパ 経済

VW排ガス不正事件と日本への教訓 ー 熊谷徹

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欧州最大の自動車メーカー、フォルクスワーゲン(VW)グループの排ガス不正事件が、さらに拡大する様相を見せている。

ポルシェとアウディにも飛び火?

米国の環境保護局(EPA)は、11月2日に「VWグループがアウディやポルシェの高級ディーゼル車約1万台にも、排ガス規制をかいくぐるためのソフトウエアを搭載していた」と発表したのだ。
排ガス不正が発覚したのは、今年9月。これまでVWグループは、約900万台の車に「ディフィート・ディバイス」と呼ばれる違法ソフトウエアを使って窒素酸化物(NOx)規制をクリアしていたことを認めている。同社は来年1月から、ドイツなどで大規模なリコールを開始し、問題のソフトウエアを除去する。

だが今回の疑惑については、別だ。同社は、「これらの車に違法なソフトウエアを使ったことはない」として、EPAの主張を全面的に否定している。アウディやポルシェの高級ディーゼル車は、利益の幅が大きい稼ぎ頭である。
EPAの指摘通り、VWグループが高級ディーゼル車にも違法なソフトウエアを使用していたかどうかは、まだわからない。しかし、今年9月にEPAに暴露された排ガス不正についての社内調査が終わらない内に、米国から新たな疑惑を指摘されたことは、同社にとって大きな痛手だ。

莫大な経済的負担

一連の不正が引き金となって、同社にのしかかる経済的負担と、法務リスクは莫大なものになる。EPAが9月に不正を暴露した直後、同社の株価は1週間で約40%下落し、株式時価総額が250億ユーロ(3兆5000億円・1ユーロ=140円換算)も減った。VWグループは不正ソフトが入っている車をリコールして修復するための費用として、65億ユーロ(9100億円)の資金をすでに準備している。米国のクリーン・エア法によると、EPAは法律違反のためにリコールされた車1台につき、最高3万7500ドルの罰金を科すことができる。VWが米国で48万台の車をリコールした場合、罰金の総額は約180億ドル(2兆1780億円・1ドル=121円換算)に達する。さらに同社は、欧米の消費者や株主からの損害賠償訴訟にもさらされる。
ドイツ経済研究所(DIW)のM・フラッチャー所長は、「VWにのしかかる様々なコストは、最悪の場合1000億ユーロ(14兆円)に達するかもしれない。これはドイツの国内総生産の約3%に相当する」という悲観的な見方を明らかにしている。

さらにVWは11月3日に、二酸化炭素(CO2)をめぐる、新たな排ガス不正を明らかにした。同社は「80万台の自動車について、走行時のCO2の排出量を計測したところ、連邦自動車局の認可のために報告したCO2の排出量を上回っていることがわかった」と発表。その大半はディーゼル車だが、一部はガソリン・エンジンを積んだ車である。VWの監査部門では、この食い違いも単なるミスではなく、故意のごまかしによるものと見ている。ガソリン車についても排ガス不正が明らかになったのは、今回が初めて。同社はこの新たな不正の発覚によって、消費者対応のためのコストがさらに20億ユーロ(2800億円)増えることを明らかにした。

コンプライアンス軽視のつけ

さて今回の事件が我々に教えていることは、コンプライアンス(法令順守)を置き去りにした成長第一主義がいつかは挫折し、企業にとって莫大な負担をもたらすということだ。VWの社員は、約60万人。その中で、約4万人が研究開発を担当している。
それにもかかわらず、VWの不正ソフトウエア使用について、規制当局やメディアに通報する「ホイッスル・ブロワ―」(内部告発者)は一人も出なかった。
同社のエンジニアたちは、「米国でのマーケットシェアを引き上げ、トヨタを追い抜く」というM・ヴィンターコルン(前CEO・最高経営責任者)の命令を絶対視した。そして「我が社の技術では、米国の厳しいNOx規制値をクリアーできません」と白旗を掲げるよりも、不正ソフトウエアを使う道を選んだのだ。
だがその結果、株価の暴落、CEOの辞任だけではなく、ディーゼル技術そのものにも不信の目が向けられる結果を招いた。コンプライアンスは企業の繁栄の基礎部分である。この土台をおろそかにした企業は、繁栄しているように見えても、何かの拍子でトランプの城のように崩れ落ちる。
ヴィンターコルンの辞任後にCEOとなったM・ミュラーは、「排ガス不正に手を染めたのは、社内のほんの一握りの技術者だけだ」と語っている。

これに対し、ドイツの自動車業界の関係者からは「ヴィンターコルンは、CEOでありながら、部品の調達などの細かい問題にも口を挟む、マイクロ・マネジャーだった。そのような人物が、不正ソフトウエアの件を知らなかったとは、到底信じられない」という声が出ている。
またドイツの環境団体は、数年前からVW以外の自動車メーカーについても、試験場でのNOx排出量と、走行時の排出量の間に食い違いがあることを指摘してきた。ある環境団体の幹部は「VWは、氷山の一角にすぎない」と語っている。排ガス不正をめぐっては、今後も我々があっと驚くような事実が明かされるに違いない。

日本にとっても対岸の火事ではない

日本のメディアでは、VW事件についての関心が非常に高かった。その論調は、メディアが「それ見たことか、ドイツの大手企業でもこんなことをやっていた」と溜飲を下げるような印象を与えた。
だが我々は、ドイツ企業の不祥事について留飲を下げている場合ではない。日本でも、マンション建設をめぐるデータの偽造、大手電機メーカーや化粧品メーカーの粉飾決算など、深刻なコンプライアンス違反が後を絶たない。我々はむしろVWの大スキャンダルを他山の石として、コンプライアンスの重視に本腰を入れるべきだ。それが、日本企業の体力と競争力の強化につながるのではないだろうか。

熊谷徹(くまがい・とおる)
在独ジャーナリスト。執筆テーマは、欧州政治統合、ユーロ危機、エネルギー転換、欧州の安全保障、歴史との対決。1982年から8年間NHK記者、1990年からミュンヘン在住。著書に 『ドイツ中興の祖ゲアハルト・シュレーダー』、『メルケルはなぜ転向したのか』(日経BP)、『あっぱれ技術大国』、『ドイツ病に学べ』(新潮社)など。
筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de

(Photo:Wikipedia)

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