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日本に高まるASEANの期待 ー 信田智人

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昨年からASEANでの国際会議によく招かれるようになった。この秋だけでも、すでにベトナムとマレーシアの国際会議に出席した。東南アジアの専門家ではなく日本外交や日米関係が専門の筆者が招かれるのには、安倍政権の安全保障政策について地域諸国の関心が高まっているという背景がある。南シナ海で中国の人工島建設、米軍による駆逐艦の派遣など緊張が高まる中、新安保法制で日本も貢献できるのではと強く期待しているようだ。

南シナ海はインド洋と東アジアを結ぶ海上要路であり、北東アジア向けの石油タンカーの85%、日本の輸出入の約半分がここを通る。ところが数年前まで、日本は尖閣問題など東シナ海の問題で手いっぱいで、南シナ海での海洋権益をめぐる中国とASEANの対立は対岸の火事のようにみる日本人が多かった。

しかし、第二次安倍政権になってから状況は大きく変わった。安倍首相は最初の外遊先にベトナム、タイ、インドネシアを選び、ASEAN重視の姿勢を内外に鮮明にした。首相再任後最初の1年間にブルネイを除く、ASEAN9カ国を歴訪した。また、2年前に発表された日本初の国家安全保障戦略では、韓国、オーストラリア、インドに並んでASEANを「国際社会の平和と安全のためのパートナー」と位置づけた。安倍首相の安全保障政策には、「積極的平和主義」の看板のもと、南シナ海に向けての強い貢献の意思が見られる。

具体的に言うと、安倍政権はオーストラリアと安全保障関係を強化し、南シナ海を結ぶ南北の連携、それにインドとの東西の連携を強めている。それに加えて、フィリピン、マレーシア、ベトナム、タイ、インドネシアという南シナ海沿岸各国とそれぞれ「戦略的パートナーシップ」を結び、巡視艇などのハードの提供だけではなく、情報提供、政策協調、大規模災害対策、能力開発といったソフト面での援助も進めている。日本とこれら各国の提携によって、南シナ海を囲む海洋連合ができつつある。これだけでも、中国に対する大きな抑止となろう。

これに加えて、安倍政権が憲法解釈を変更して、集団的自衛権を行使できるようにした新安保法制を成立させたことが、ASEAN、とくに中国と南シナ海の領有権問題で対立姿勢を明確にしているベトナムとフィリピンの期待を高めている。しかし、その期待に応えられるかどうかは疑問である。

まず、南シナ海において、集団的自衛権を行使することは極めて難しい。新安保法制のなかで、これまでの日本に対する攻撃に対処する「有事法制」の枠組みを拡大して「事態対処法制」と改正した。これで、日本が攻撃されなくとも日本の存立危機事態であると認められたときにも自衛権を発動できるようにしている。しかし存立危機事態の定義が、公明党との与党協議の中で「国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」と限定され、しかも「国民を守るために他に適当な手段がないこと」と条件が付いている。

そのため、中国が南シナ海で行動を起こすことがあっても、日本に対して存立危機を脅かし、日本が関与できるような機会をつくる真似はしないだろう。たとえ、中国が日本にとっての海上要路である南シナ海を封鎖したところで、日本としては南シナ海を迂回できるので存立事態の適用は難しい。

新法制の中で南シナ海に適用できるのは、周辺事態法を拡大した、重要影響事態法である。これまでは周辺事態に際して、公海及びその上空において、「米軍」に対する後方支援しかできなかった。新法制では、外国の合意があれば外国領域でも活動できるし、米国以外の外国の軍隊に対しても支援できるようになった。さらに、旧法では「そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる」領域しか対象とされなかったが、それが「現に戦闘行為が行われている現場」以外であれば支援可能となった。これらの面で限定条件が大幅に緩和され、日本の選択肢が増えたことは間違いない。

しかし、ここでも重要事態と認定できるかどうかという問題がある。新法では「我が国周辺の地域」という限定は削除されたものの、発動できる場合の定義は旧法同様、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等」というものが使われている。周辺事態法で主に想定していたのは、まず何よりも朝鮮半島の有事であり、その次に台湾海峡を含めた東シナ海であった。そのために、どうせすぐに「有事法制」が適用されるものと想定して文言を作ったと、政府関係者が筆者に明かしてくれたことがある。新法でも旧法同様、日本にすぐに戦火が及ぶ事態という限定的な解釈がされれば、南シナ海に対する適用は難しくなる。

また、日本が南シナ海における貢献をするためには、ASEAN各国からの要請が必要となろう。しかし、11月4日の拡大ASEAN国防相会議では、ASEAN諸国の足並みが揃わず共同宣言すら見送られることになった。日米豪とベトナム、フィリピンが南シナ海問題を宣言文に入れるよう要求したのに対し、削除を要求した中国にカンボジアやラオスらが同調したためである。ヒラリー・クリントン前国務長官が毎年数度ASEAN訪問したのに対して、ジム・ケリー現長官のASEAN訪問は少なく、米国の外交攻勢は限定的だった。そのため中国のASEAN分断工作が功を奏した形だ。

これからの南シナ海の行方をみるために注目すべきは、年内にも出される、フィリピンの提訴に対するオランダ・ハーグにある仲裁裁判所の判断である。フィリピンは2013年から中国による南シナ海の領有権の主張が違法だと提訴した。中国は「第三者を利用した一方的な紛争解決」は受け入れられないと欠席を続けてきた。

訴えられる側の合意が必要な国際司法裁判所と違い、仲裁裁判所では管轄権があると判断されれば合意がなくとも仲裁が実施される。双方の合意が必要な領有権の判断はできないが、漁業権などの審理を進めることができるうえ、中国の主張が国際法違法だと世界中に知らしめることになる。そうなれば、仲裁裁判所への提訴を準備しているベトナムもフィリピンを追随するだろうし、他のASEAN各国の中国の味方をすることが難しくなるだろう。そうなれば中国の工作で分断されたASEANの結束を強めることにつながると考える。

信田智人(しのだ・ともひと)
国際大学国際関係研究科教授。専門は日本政治論、外交政策論、日米関係。著書に、『政治主導vs.官僚支配 自民政権、民主政権、政官20年闘争の内幕』 (朝日選書) 、『アメリカの外交政策―歴史・アクター・メカニズム』(ミネルヴァ書房)など。

(photo:flickr)

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