日本 近現代史 選挙

政治改革の陰鬱な失敗─政治を語る「軸」の再建─

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政治改革の帰結としての「一強」

「小選挙区・比例代表制導入」という、衆議院を中心に選挙制度が大きく変わった1990年代前半から、20年以上が経過した。当時、国民もマスコミも学者も、政治家までもが熱心に論じ、日本政治をよりよいものにするという夢を乗せて行われた改革の帰結が、今日の政治だとするならば、政治改革は失敗だったと言わざるを得ない。

当時の政治改革の議論では、中選挙区制が自民党の長期政権を支える要因であり、政権交代を妨げており、汚職の温床になっているとする見方が主流であった。政治改革の議論が花盛りだった頃の政治学者やジャーナリストらの著作を読むと、今では少し違和感を覚えるほどに、「汚職」「政治とカネ」への批判が溢れているのが分かる。

また、中選挙区制は一つの選挙区から複数の政治家を選出するため、自民党の派閥の温床(派閥中心の政治の結果としての金権政治)になっているという意見も根強かった。それは政治学的にも説明されているものであり、派閥の跋扈は、強力なリーダーシップの欠如を生むことになることに直結していた。このような問題意識のもとで、不完全ながらも達成された選挙制度改革を中心とした政治改革は、政党や政策を中心とした選挙が可能になるよう、党執行部に権力を集中させるメカニズムが企図されていたと言えるだろう。安倍一強と言われる今日の政治状況は、政治改革が意図していた結果通りのものなのである(関連記事:官邸主導・政治主導と人事権-日本と英国との比較 内山融)。

 

マニフェスト選挙という失敗

もはや多くの有権者が忘れかけている「マニフェスト」というものがある。民主党が政権をとる上で、マニフェストが果たした役割は、選挙制度改革と同じくらい重要だった。

最初は地方自治体の首長選挙から広がったマニフェストは、政権公約という概念が浸透しきっていない日本の政治文化において大きなインパクトを持つものであった。イギリスのマニフェスト選挙を論じ、日本における広がりを大きな期待感を込めて語っていた、ジャーナリストの金井辰樹の著作がある(金井『マニフェスト』、光文社新書、2003年)。そこでは、マニフェストに精緻な工程表を掲載することで、政治の評価が的確になるという楽観的な見方が提示されており、このような見解が当時の議論においては支配的であり、民主党はその流れの最先端にいた政党であった。選挙制度改革とともに、マニフェスト選挙が政権交代を促す上で重要な役割を果たしていたのである。

結論から言ってしまえば、「マニフェスト」は、その意義もあったものの、大きな失望を招いてしまった。政権交代当時は、民主党のマニフェストがいかに多くの人に読まれていたかということを政治家が誇るという言説も見られたが、実際に個別具体的な政策の実施に至ると、反対論や財源不足に直面することになった。しかも、世論調査において民主党のマニフェストの政策の中には、必ずしも支持されていないものがあるということも露呈してきた。ダムの問題や高速道路の問題に見られたように、民主党政権においては、細かな調整や人々を納得させるための言説の乏しさや、市井に生きる人々への配慮の欠如を露呈する政治家の言動が目立った。自民党においてもそのようなことが見られる、という意見もあるだろうし、実際そうであろう。それならば、なぜ民主党でなければならないのか、説得的な理由が必要になる。どちらも同じくらい酷いのであれば、わざわざ変える意味も薄れてしまう。民主党の政治家たちは、自分たちの失敗や拙劣さに、どれ程自覚的に向き合っているのだろうか。彼等彼女らの昨今の言動を眺めていると、残念ながら、疑問を呈さざるを得ない。

 

野党の難しさ

話を戻すと、選挙制度改革とマニフェスト選挙は、政権交代を生んだものの、結果としてはかつての自民党の長期政権を再びまた生み出そうとしているかのように見える。実際、先の選挙においても、マニフェストはもはや死語同然となり、政治に対する諦めや虚脱感が目立った。再び有権者の失望や不満を受け皿とできるような政党が求められているのだが、それもなかなか難しそうだ、というのが現状である。

日本において、政権交代可能な政治システムを実現する、と言うと、一般的には自民党を弱体化させることを多くの人が連想するかもしれない。しかし、当然ながら、野党の存在も同じように重要である。というのも、例えば、政権交代不在の55年体制の存続において、政権獲得への具体策を欠いた社会党も重要な役割を果たしていたからである。多くの市民にとって、社会党政権は現実的なものではなかったし、社会党の議員の中でも、自分たちが政権を獲得するという具体的なイメージを持っていた人は少なかった。

実際、政権交代の立役者となった菅直人と小沢一郎は、両者とも社会党に強い不満を持っていたという点において共通していた。菅も小沢も、自民党以上に社会党を苛烈に批判することもあったのである。だからこそ、菅と小沢は民由合併に踏み切り、「小異を捨てて大同につく」道を選んだのである(小沢、菅『政権交代のシナリオ』、PHP研究所、2003年)。

当時の社会党の状況をよく表したものに、村山富市の回想がある。村山が総理大臣だった頃に、社会党の議員から「野党の方がよかった」「思うようにものが言えない」とよく言われ、与党として生産的な動きをしようという議員はほとんどいなかったという。そのような議員は、存在意義そのものを問われて然るべきであり、村山自身、当時の社会党の議員の意識の低さを慨嘆している(薬師寺克行編『村山富市回顧録』、岩波書店、2012年)。

このような所謂「ナンデモハンタイ」と揶揄されるような野党を忌避するような感情は近年、より強まっていると考えられるし、先述したような社会党の議員の存在意義を積極的に提示することは難しいかもしれない。

ところが、野党の野党としての役割を国際的に捉える動きがある政治学者の吉田徹によれば、野党のあり方は、その国の政治システムによって、各国、大きな違いがある。たとえば、ドイツの野党は、制度的に政権党の政策に関与できる回路が複数用意されている。これは、政権交代を前提とした野党、というあり方とは異なっている(吉田徹編『野党とは何か』、ミネルヴァ書房、2015年)。その他、国ごとに異なる野党のあり方が示されているが、いずれにせよ、日本で広く流布している、政権交代を希求する野党、というイメージは近年まで例外的なものであり、イギリスにおける野党のイメージが強いと言える。菅や小沢がしばしば、野党のイメージとして労働党を提示していたことを加味すると、吉田の指摘は一層、興味深い。

もちろん、社会党には社会党の問題があっただろうが、それは、必ずしも政権に参画しない野党の存在意義が全く無いということを直ちに意味するものでは無い。むしろ、菅や小沢のように、政権交代にしか意義がないと短絡的に考えてしまったからこそ、無理な合併による離合集散を繰り返す結果を招いたのだと見れば、偏った野党のイメージを持つことの問題の方が大きいようにも思われる。

 

政治を語る「軸」の再生に向けて

政治学者の大嶽秀夫は、戦後日本の政治を「対立軸」の見方から分析している。その中で、1993年の政治改革以降、政界再編の影響もあり、対立軸が不鮮明になり、移ろってきたことを指摘する(大嶽『日本政治の対立軸』、中公新書、1999年)。すなわち、冷戦終結によって、主に日米安保条約と自衛隊のあり方について生じていた対立軸(そしてそれは自民党と社会党という二つの政党によって規定されていた)がほとんど機能しなくなり、特に社会党はその存在意義を問われることになった。つまり、政策本位の選挙を実現するための「対立軸」が消滅していたのである。この見解によれば、政策本位の選挙は、そのスタート地点から既に失敗を余儀なくされていたし、政治や政策を見る基準は「言われていたことが出来たかどうか」以上のものではなくなってしまう。

しかしながら、政策や政治はその基準だけで判断できるものではない。政治学者の足立幸男が指摘しているように、政策の中には価値や規範の軸を用いなければ判断できないものもある(足立『政策と価値』、ミネルヴァ書房、1991年)。このような視点の欠如は、民主党のマニフェスト実施において多大な混乱をもたらした。

同様の指摘は、社会・政治思想史を専門とする森政稔もしている(森『迷走する民主主義』、ちくま新書、2016年)。森は、マニフェストによる業績投票に批判的である。森によれば、政治や政策を評価するには「座標軸」が必要である。たとえば、中絶を認めるか否か、という非常にシビアな問題がある。当然、賛否両論喧しい議題であり、賛成派、反対派、それぞれに言い分があるだろう。そして、両者ともにそれぞれ様々な根拠を提出している。しかし、その論争を注意深く眺めていると、実はお互いに万人に納得できる根拠無く、価値観や規範意識に則っているとしか思えないようなものも見受けられることがある。これは決して悪いことではない。むしろ、政治や政策が広く社会と関わるものである以上、そのようにしか語ることができない問題が生じるのは、当然のことである。

しかし、マニフェストの導入を訴える論者らは、そのような価値観や規範に深く関わる問題をあまり重要視していなかったようである。先に挙げた金井は、「理想のマニフェスト」として、「理念があるか」という項目を掲げているが、そこでの「理念」は、曖昧で不明確な「方針」程度の意味合いしか付与されていないようである。マニフェスト論者にとっては、「政策が実行できたかどうか」「公約がしっかりと緻密に組まれているか」といったことが最も重要であり、誰もが同じ基準で測ることのできないものは考慮されていなかったのである。

また、森は、野党は必ずしも政権交代だけを目的としているものではないともしている。画一的な政治の見方が、今日の民主主義の停滞を招いているのでは、という森の指摘は、非常に興味深く、傾聴に値する。

 

以上のことを踏まえると、野党が恐らくなすべきことは、政権交代を拙速に目指す合併路線だけではなく、新しい対立軸を打ち立てることであろう。以前の記事民主・維新が新党名を公募ーこの際 政策も公募してみては?でも触れたが、今日の野党の戦略は、安易に国民に媚びるような稚拙なものだという印象が拭えない。

安倍政権が掲げている政治や政策の価値や理念に、どれだけ説得的な代替案を提示できるかが重要となる。選挙協力のような、技術的なものも重要なことは言うまでもなく、野党にとって大事である。しかし、そこに価値や理念、規範を欠いていると、民主党政権と同じ轍をふむことになりかねない。政治を、政策の達成度だけで見ることに、多くの人が限界を感じている今ならば、その可能性が少しは出てきているのではないだろうか。もしもそれが出来なければ、日本政治における野党の役割は、一層小さく、惨めなものになるだろう。

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