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アメリカの南シナ海FONOPは長期的な法律戦の一部 ー 川崎剛

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周知のとおり、米イージス艦ラッセンが去る10月26日、「航行の自由」作戦(FONOP、freedom of navigation operation)を スビ礁(Subi Reef) の12カイリ内で実施した。南シナ海をその海洋覇権下におかんとしてスビ礁等の埋め立てを進めている中国に対し、オバマ政権がようやく重い腰をあげた、本格的な牽制策をとり始めた、というのが日本国内でよく聞く評価であろう。「日本も続け」という勇ましい声さえも聞こえる。

しかし、その評価は時期尚早である。オバマ政権の対中「本気度」は現時点では曖昧であり、次回以降のFONOPを待たなければ分からない。肩すかしされないように、冷静に事態を見ていくことが必要だ。勇み足は禁物である。

加えて、仮にFONOPが繰り返されるとしても、米国が中国を巻き返すわけではないことに注意する必要がある。南シナ海問題をめぐって、米国が対中経済制裁を発動するとは考えにくい。FONOPは一種の抗議活動であり、対中「法律戦」(lawfare)の一部という色彩が強いのである。無論、中国側はその南シナ海政策を変更しないであろう。となれば、米中は将来何らかの妥協点(modus vivendi )に行きつく可能性さえ否定できない。

日本が米国のFONOPに参加すべきかどうか議論するまえに、こういった大局を理解すべきと思われる。

最初に今回のFONOPについて確認しておこう。まずスビ礁についてである。南シナ海にあるこの低潮高地または暗礁(高潮時には水没する土地)は、国際海洋法では領土とは認められていない。他方、1988年以来、中国がこの低潮高地を実行支配してきたが、最近になって人工島だけではなく軍事作戦に使える3000メートル級滑走路をも建設しつつある。他の低潮高地でも人工島を中国は作っている(これらの航空写真は Asia Maritime Transparency Initiative , AMTIのサイト、amti.csis.org/island-trackerで閲覧可能)。南シナ海におけるほとんどの海域を自国の核心的利益とし、自国の主権的権利ないしは管轄権が及ぶものという立場を中国はとってきた。スビ礁を事実上の自国領とすべく中国は既成事実を積み上げているに違いない、というのが周辺国の見方だ。

他方、米国は長年、世界各地でFONOPを持続的に展開してきた。世界中にその海軍を自由自在に派遣するには、公海での航行の自由が欠かせないからである。とりわけ公海を領海の一部と主張する国に対して、米国のFONOPは展開されてきた。国際海洋法で一国の領土と認められる島があれば、その岸から12カイリまでは所有国の領海となる。今回、ラッセンはP8ポセイドン一機を同行して、スビ礁の12カイリ内をFONOP航行した。国際法上領土でない土地を埋め立て工事によって自国領化せんとする中国に対し、このFONOP航行はそれを認めないという米国の意思表示に違いない・・・。こう理解されても不思議ではない。

しかし、この理解はあやうい。なぜか。一言でいって、今回のFONOPは真のFONOPでないかもしれないからである。より正確にいえば、真のFONOPであったと断言できない状況にある。そもそも、国際海洋法によれば、とある島の12カイリ内を航行する際に無害通航と宣言すれば、軍艦はその島が所有国に属する領土であることを認めることとなる。公海ではそういった宣言はもちろん必要ない。問題は、今回のラッセンの航行を無害通航だと米海軍が認めたらしいという情報が米国内で出回ったことにある。この情報が正しければ、スビ礁は中国領土だと米海軍は認めてしまったこととなるのだ。この混乱をうけて、米国上院軍事委員会の委員長であるジョン・マケイン議員はアシュトン・カーター国防長官に対して書簡を出し、今回のラッセンによるFONOPの性格をただしている。カーター国防長官は未だに返事していない。

以上のような状況なので、今回のFONOPに関しては、上述のAMTIによる次のトーンダウンした表現が今のところ最も的を射ているものと思われる。「ラッセンFONOPは『スビ礁は(中国)領土でない』と主張するためのものではなかった。スビ礁の国際法上の地位にかかわらず全ての艦艇はその付近を航行する権利を持っている、というのがラッセンFONOPが示した主張である。」その上、中国だけではなくベトナムやフィリピン――これら2国が中国と領土紛争関係にある――に対してもFONOPがなされたのであり、これらの点を総合して考えれば今回のラッセンFONOPをもってして「中国に対する米国の本格的な挑戦のはじまり」とするには無理があろう。

米国は南シナ海におけるFONOPをこれからも継続するとしている。これは好ましい。しかし前述したとおり、対中FONOPはそれが真のものであれ一種の抗議活動にすぎず、米国は中国の人工島に対して軍事攻撃は加えないし、中国に対する経済制裁も課さないであろう。満州事変から満州国建国(1931~1932年)に至る過程で、日本が築いた既成事実を米国は認めないという宣言をした。スティムソン・ドクトリン(不承認主義)である。将来、FONOPを米国が継続するとしても、それはスティムソン・ドクトリン同様、中国の南シナ海における領土拡張を米国は不承認するだけのものである。それ以上の効果は期待できない。過大評価はすべきではない。

その反面、FONOPを過小評価するのも間違いである。現在中国に対して法律戦が展開されている。例えば、国連海洋法条約に基づく仲裁手続きを、フィリピンが中国を相手取ってオランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所に昨年から訴えていた。この裁判所はそもそも管轄権を持っていないと中国側は反発していたが、最近「管轄権を持つ」と自ら判断した仲裁裁判所は中国側が欠席するなか、審議を始めている。米国・日本ともに仲裁裁判所の介入を支持している。FONOPはこういった長期的な対中法律戦の一部を構成しているのであり、そういった目でFONOPのこれからの展開に注目する必要があろう。

 

川崎剛(かわさき・つよし)

サイモン・フレーザー大学政治学部准教授。1984年に同志社大学法学部卒業後,カナダ政府奨学生としてトロント大学に渡り1986年にM.A. (政治学)を,1993年にアメリカのプリンストン大学からPh.D. (政治学)を取得。1994年よりカナダのバンクーバー市郊外にあるサイモン・フレーザー大学に勤務。 専門分野は国際政治学。

 

(photo:flickr)

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