アフリカ 安全保障 近現代史

死者540万人以上―日本では報道されない、忘れられた世界最大の紛争(コンゴ民主共和国)

コンゴ紛争を戦った子ども兵達(写真提供:認定NPO法人テラ・ルネッサンス)
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死者540万人以上―。

アフリカ大陸中央に位置するコンゴ民主共和国の紛争は、周辺国を巻き込みながら、15年以上に渡り、第二次大戦後に起きた紛争としては世界最多である540万人以上の犠牲者を産み出している。

シリアやウクライナ、パレスチナなどの紛争が各種メディアによる報道を占める中、コンゴ民主共和国の紛争はこれほどの規模であるにもかかわらずメディアが取り上げることは極まれであり、特に日本においては、この紛争の存在すら十分に知られていないのが現状である。この「無関心」が、同国の人道危機を更に深め、紛争下に暮らす人々を更なる不条理な苦痛へと追いやっている。

 

争いの原因となった豊富な天然資源

コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo/以下コンゴ)はアフリカ大陸の中央に位置し、面積は日本の約6倍とアフリカで2番目に広く、約6,000万人の人々がこの地に暮らしている。コンゴ東部には今も手付かずの広大な熱帯雨林が広がっており、金や銅、木材、スズ、コバルト、ダイヤモンド、タンタルなど、豊富な天然資源に恵まれた国だ。しかしこれらの豊かな資源は、植民地時代にヨーロッパ人が到来して以来、争いを引き起こす大きな要因となった。コンゴはしばしばその統治形態を変え、欧米諸国が資源を奪い取るためにコンゴの人々は都合良く利用され、数え切れないほど多くの人々の命が奪われた。

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(photo from 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

紛争が激しさを増したのは1998年からだ。コンゴのジョゼフ・カビラ政権への不満を募らせた隣国に位置するルワンダは反政府勢力を組織、国内の豊富な天然資源に対する利権も絡み、ウガンダ、ブルンジと共にコンゴ侵攻を開始した。その一方、コンゴ政府は周辺国(アンゴラ、ジンバブエ、スーダン、チャドなど)から軍事支援を獲得し、侵攻は引き止められ不安定な膠着状態が続いた。

その後、国連平和維持軍の派遣もあり、2002年には和平合意が成立。しかしながら、鉱物の採掘権や民族間のアイデンティティ対立など、他にも様々な要因が絡んでいるコンゴ紛争。和平合意成立以降も武装勢力による襲撃や食料の略奪などにより、住民たちは不安定な生活を余儀なくされている。

なお、今年開かれる予定の大統領選挙は、国内の不安定な情勢などを理由として中止されると広く考えられており、その場合は現職のジョゼフ・カビラが大統領に留まり続ける。その場合、戦闘の再発が懸念され、再び一般市民が殺戮、拷問、レイプ、避難などの対象になると危惧されている(関連記事:「正義の実現」に向けた歴史的瞬間--コンゴ元副大統領に戦争犯罪で有罪)。

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タンタル鉱石の発掘現場(photo from 認定NPO法人テラ・ルネッサンス)

 

国際社会の無関心-圧倒的な支援不足

コンゴ紛争がこれほどまで大きな規模になってしまった理由として、国際社会からの無関心と、それに伴う圧倒的な支援不足が挙げられる。例えば、1999年に各国からコンゴに届けられた人道支援の額は、同じ年、東ティモールに送られた資金の10分の1に過ぎなかった。コンゴ紛争の死亡者数は東ティモールの500倍であるにもかかわらず。

その一方で、コンゴ紛争によって犠牲となった540万人の9割以上は、直接的な戦闘によるものではなく、病気、また飢えが原因で亡くなった。戦闘が勃発すると一般市民は着の身着のまま生まれ故郷から逃れ、森や山へと避難する。そこでは食料や医薬品などへのアクセスが制限され、充分に食事・栄養を摂ることが出来ない事から、多くの人々がマラリアや下痢、その他の予防もしくは治療可能な病気にかかり、そして命を落としている。

日本が1999年からの9年間でコンゴに送った緊急支援の総額は、コソボ紛争に対して行った、たった一年間分に相当する金額だった(コソボ紛争の死亡者数はコンゴ紛争の540分の1)。

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使い捨てられた子ども兵たち

コンゴ紛争では、子ども達が兵士として徴兵され、戦争の「道具」として危険な戦闘に駆り出されてきた。これまでで少なくとも3万人以上の子どもが兵士として戦いに加担させられ、コンゴ東部地域のある戦闘では部隊の60%~75%が子ども兵だったとも報告されている(関連記事:初めての「任務」は母親の腕を切り落とす事-子ども兵問題の実態(前編)私は12歳で少女兵になった。-子ども兵問題の実態(後編))。

子ども兵の役割は、「敵対勢力との戦闘・村の襲撃」「地雷原を歩かされ、人間地雷探知機(地雷除去装置)として使われる」「新たな子ども兵の誘拐」「武器や食料のなどの荷物運び」「少女兵の場合、性的虐待や強制結婚をさせられる(少年兵も性的虐待を受けることがある)」など、様々だ。

また、麻薬やアルコールによる洗脳を受け、肉体的にも精神的にも大きな傷を負っている。軍隊から帰還した後も、教育の機会を奪われ、戦うことしか教えられなかった子ども達が一般社会で生活することは困難を極める。それどころか、家族や親戚、地元の人々からも見放され、厄介者扱いされることも多い。

photo from 認定NPO法人テラ・ルネッサンス
photo from 認定NPO法人テラ・ルネッサンス

 

コンゴでは2003年以降、武装勢力から子ども兵を解放する取り組みが始まり、除隊が確認された子ども兵たちは国家DDR計画(※注釈)の中で、短期の職業訓練と2千円程度の現金(現地の一ヶ月程度の生活費)が支給されている。しかし、この計画では全ての子ども兵をカバーしているわけではない。特に少女兵たちの大半は、大人兵士の「妻」という枠組みで扱われ、子ども兵としてカウントすらされていない。 また、自ら軍隊から逃げ出した少年兵たちの多くも、司令官が記した同意書(証明書)を持っていないなどの理由から、同計画では元戦闘員(子ども兵)としての扱いを受けていないのが現実だ。
このような状況を踏まえると、コンゴ紛争での実際の子ども兵の数は、3万人どころではなく、少なくともその数倍に上ると考えている現地関係者もいる。さらに元子ども兵たちが社会復帰するためには、同計画での短期的な支援だけでは当然ながら不十分で、NGO、地方政府、地域リーダーなど多様なアクターが関わり、包括的かつ長期的な展望に立ってこの問題に取り組んでいく必要がある。

※国家DDR計画

Disarmament, Demobilization, and Reintegrationの略(武装解除、動員解除、社会復帰)。

赤十字は、その理念である「人道」の4つの敵として、「利己心」「認識不足」「想像力の欠如」、そして「無関心」を挙げた。
一体、日本に暮らす人々はどれほどコンゴ紛争を知っているだろうか。日本のメディアはどれほどコンゴ紛争を取り扱ってきただろうか。紛争の原因となっているコンゴの豊富な天然資源、特にスマートフォンなどに使われているレアメタルは、私たちの生活と決して無縁ではない。

コンゴの人々を苦しめる「暴力」を産み出す構造に、自分が関わってしまっていないか。自分の足で誰かを踏みつけてはいないか。もう一度、考えてみたい。

写真・情報提供:認定NPO法人テラ・ルネッサンス

「コンゴ紛争を生き延びた女性への社会復帰支援活動」に関してはこちらをご覧ください。

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