アメリカ 中東 安全保障

サウジアラビアVSイラン―開戦のない「危機」の理由―福富満久

220px-Kingdom_Tower_at_night
Pocket

サウジアラビアが2011-13年に反政府抗議運動を主導したとされるイスラム教シーア派指導者ニムル師の死刑を執行したことをきっかけに起きたイランでのサウジアラビア大使館襲撃事件。サウジアラビアはこれを受けて2016年1月3日、シーア派の大国イランと外交関係を断絶した。これに追随して4日、バーレーンやスーダンもイランとの国交断絶を発表、アラブ首長国連邦(UAE)も自国大使を召還するなど中東の混迷が深まっている。

 イスラム教スンニ派の盟主サウジアラビアとシーア派の大国イランが交戦し、ペルシャ湾が封鎖される可能性はあるだろうか。イランとの核開発協議における合意に対するサウジアラビアの米国に対する挑発だとする論は的を射たものだろうか。

 

サウジは米国を挑発?

まず、米国に対する挑発とする議論だが、米外交専門誌「フォーリンアフェアーズ」の2012年最高の一冊と紹介されたA Single Roll of the Dice – Obama’s Diplomacy with Iran (Yale University Press, 2012)の著者でナショナル・イラン・アメリカン・カウンシル会長のトリタ・パルシ(Trita Parsi)氏が、2016年1月4日、ロイターに寄稿したものが目を引く。

同氏は「この10年以上、地域の地政学的トレンドはサウジ側に不利に動いてきた。米政府がイランの核開発プログラムに関してイラン政府と交渉し、妥協したことはサウジを極めて不安にさせるものだった。そう考えるとニムル師の処刑という明らかな挑発の裏にあるサウジ政府の真のもくろみは、危機を―恐らくは戦争さえも―仕立て上げることにより、中東地域の地政学的なトレンドを変え、自国に有利なようにバランスを修正できるという期待にあった」というのである。

 パルシ氏が述べるように、確かにサウジアラビアは以前から、シリア内戦に関する和平協議や核開発問題にイランを参加させることに反対してきた。その目的は、同国政府の中東での影響力を削いでおきたいという思惑があったからである。

だが、今回のサウジの一連の行動を米国に対する挑発とまで受け取って良いものだろうか。米国にとってサウジアラビアは、安全保障上極めて重要な同盟国である。米国は湾岸戦争以後サウジアラビアに基地を置き、その後もサウジ軍の訓練などの名目で基地を維持している。近年規模は縮小傾向にあるが、サウジアラビアにとっても国内治安と安全保障は、米国の軍事協力なしには得られない。また、2014年実績で米国は石油の輸入をカナダ(36.7%)、メキシコ(9.1%)、ヴェネズエラ(8.5%)など8割を中東以外から調達し、残りの2割を湾岸から輸入しているが、そのうち半分以上をサウジアラビアから輸入するなど重要な顧客でもある(2015年EIA統計)。

2015年1月23日、サウジのアブドラ国王が死去した際、オバマ大統領がインド訪問の滞在日程の一部を変更し、急遽同国を弔問したことは印象深い。アルカイダがサウジ出身のテロリストからなっていたため、米国とサウジの関係は近年急速に冷え込んだとの見方もあるが、両国が築いてきた長年の互恵関係からみても結束は固い。したがって米国を挑発する目的というのはあまりにも飛躍し過ぎた見方だと考える。

 

シリア問題をめぐるサウジとイランの確執

では、今回の「危機」は何が原因となっているのだろうか。1つには、シリア問題をめぐるサウジアラビアとイランとの確執が挙げられる。シリア・イラクで台頭するIS(イスラム国)はスンニ派の過激主義者であり、これに対抗するアサド政権はシーア派の一派であるアラウィ派である。サウジアラビアは米国との関係もあり公式にはISに対する支援は行っていないものの、ISを擁護するジハーディストによる資金供与を黙認しているとされる。このシリアを巡っての意見の相違が挙げられる。

 

不満が高まる国内統治

もう1つは、サウジアラビアが直面している国内統治の問題が挙げられる。10年近くサウジを率いてきたアブドラ国王が亡くなってから1年あまり、サルマン新国王による皇太子「更迭」などの問題などによるもつれから、同国王への指導力に対する疑念が内外で生じていた。

サウジアラビアは今回ニムル師を含む47名を処刑したが、そもそもその処刑の中心となったのは2003-06年に国内でのアルカイダによるテロに関与したとされるスンニ派の過激主義者たちであった。処刑の背景を探ると、集団処刑をみせしめとすることで執行部が国内に向けて体制強化を図ったともとれる。また、その一方で外に向かっても「ジハーディスト支援国家」という雑音を消すこともできる。

スンニ派の中でも厳格なワッハーブ派のサウジでは女性による車の運転が禁じられていたり、男性の保護者なしに旅行できないなど特異な国である。だが、昨年12月地方評議会選挙の女性の被参政権を認めるなど、漸進的であるが社会改革が進められてきた。これも政権に対する不満解消の一環だろう。

地域大国として慢心からの外交に対する稚拙さも垣間見える。イランのイスラム革命防衛隊は「テロリストを支持する反イスラム政権は、激しい報復によって転覆するだろう」として今回のサウジの動きを非難したが、同国ロウハニ大統領は大使館への放火について「不当である」と批判している。また、死者もでなかった。それにもかかわらず今回の事件でサウジが断交にまで至ったことは突発的で短絡的な外交的失策であるととるべきであろう。国内の改革と国体保持の動きが同時進行し、国内外の問題が山積するなか、そこまで思考が回らなかったと考えるのは私だけではないはずだ。

 

サウジにとっても歓迎すべきイランの核開発協議

前出のパルシ氏はサウジがイランの核開発協議の進展を極めて不安視しているとして「イランとの外交関係を断つことにより、サウジは、いざとなれば米主導によるこれらの交渉を遅らせ、骨抜きにし、恐らくは完全に断念させることができる」と述べているが、イランの核開発協議の進展は湾岸地域の安定に不可欠であり、むしろサウジにとっても歓迎すべきものである。

加えて、そもそもイランは核ミサイルを保持したあかつきにはイスラエルを攻撃すると表明したことはあってもサウジアラビアを攻撃すると言ったことはこれまで一度もない。 

イランの人口は、約8,182万人(CIA統計)で、首都圏や地方主要都市で停電が起こることはめったにないが(調査出張で訪れたときも一度もない)、経済成長著しく、他の新興国同様、一般家庭のみならず、製造業・工場などへの電気の安定供給が政府の喫緊の課題となっている。そこで政府首脳が思い描いていたのが、自国産原油を発電に回すより、コストもはるかに割安な原子力発電で代替していく道であった。その現実問題と切実さを鑑みると、そもそも同国の核開発に関して核兵器転用が主たる目的だとも到底思えない。そのこともサウジアラビアはわかっているはずだ。

 

サウジの厳しい台所事情

むしろ今回の断交に至った行動について1つだけ考えるとすれば、情勢不安をあおって油価を上げるという隠された意図があるのかもしれない。IMFによるとサウジアラビアのブレークイーブン(財政均衡点)は1バレル106ドルで、一昨年末以来の原油価格下落により、極めて厳しい財政状況に陥っている。同国は石油による輸出収益が財政収入の90%以上を占め、公共投資のほか、食料の補助金から病院経営に至るまで政府セクターが経済アクターの中心を占めているため、執行部には油価を少しでも上げたいとの思惑がある。

だが、中東不安にかかわらず、1月12日、ニューヨーク市場の原油先物相場で、北米指標であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)2月渡しが一時2003年12月以来、約12年1ヵ月ぶりの30ドルを割り、最終的に1バレル=32ドル台で取引された。シェール原油や中国をはじめとする新興国の景気減速などに伴う原油の供給過剰感が下方圧力となっていることが原因であり、もしそのような意図があったとしても、現在のところサウジの目論みははずれたということになる。油価はロシアが生産調整に応じ減産するかしない限り、反転は極めて難しい。

1月8日には、サウジアラビア政府は国営石油会社サウジアラムコの新規株式公開(IPO)を検討していると報じられた。ファリフ・アラムコ会長も「調査中」だと回答した上で子会社のサダラ・ケミカル、サウジアラムコ・トータル・リファイニング・アンド・ペトロケミカル等それぞれ独立した企業として上場する用意があるという(WSJ紙)。資産の多くに合弁相手がいて法的な合意を経る必要があるため、すぐにとはいかないだろう。だが、ここにもサウジアラビアの厳しい台所事情が見え隠れする。

サウジアラビアは、「アラビアのサウード家」と家名が国名になっている世界唯一の国である。イスラム世界の名門であり、メッカ・メディナのイスラム二聖都の守護者として世界各地から巡礼者を歓待するなど中東に揺るぎない地位を有する。だが、その地位も石油大国として成り立つものである。

他方でイランもペルシャ文明の末裔であり、イラン・イラク戦争にも勝利した地域大国との自負がある。イランは長らく経済制裁を受けていたこともあり、石油輸出再開によって外貨獲得が急務となっている。サウジにしても油価低迷に加えて輸出ができなくなることを考え合わせると両国が交戦した上のペルシャ湾の封鎖は現実味に乏しい。

両国ともに指導者や大統領は、国民の宗教心や伝統など、ある種のナショナリズムを煽って支持を集めている。サウジアラビアとイランの関係悪化、そしてときに両国が欧米諸国に対し強硬姿勢を鮮明にするのは、こうした国内政治状況にも留意する必要があるのではないだろうか。

(photo: wikipedia)

Pocket