日本 経済

ディズニーはどう政治と関わってきたのか?

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1月24日、宜野湾市長選挙が投開票され、現職の佐喜真淳氏(無所属、自民・公明推薦)が、志村恵一郎氏(無所属)を約6000票の差で破り、再選した。

今回の選挙は、普天間飛行場の辺野古移設問題に関わることから、注目を集めたが、現職の佐喜真氏は辺野古移設の是非ではなく、市民の安全確保が最優先だと主張し、支持を集めた。

 

一方で、昨年から宜野湾市長選でディズニーが政治利用されていると注目を集めていた。

昨年12月2日、佐喜真氏がディズニーリゾート誘致のため、島尻安伊子沖縄担当相とともにオリエンタルランドの加賀見俊夫会長と上西京一郎社長と会談し、12月8日には佐喜真氏が菅義偉官房長官と首相官邸で面会、政府にディズニー誘致、普天間飛行場を東京五輪聖火リレーのメーンルートとして検討することなど6項目を要請していた、というものだ。実際、佐喜真氏はディズニーリゾートの誘致を選挙公約に掲げている。

これに対し、菅官房長官は「ディズニーリゾートの誘致実現は非常に夢のある話。政府として全力で取り組んでいくことをお誓いしたい」などと述べ、政府として支援する考えを示していた。だが、毎日新聞によると、ディズニー誘致は佐喜真氏ではなく、実際は菅官房長官による発案だったと報道され、「政治利用」だと批判を集めた。

一方、ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドはプレスリリースにて、「今後慎重に検討を行っていく」と答えている。

 

ディズニーと政治

「夢の国」と「政治」は一見遠いものに思える。しかし、実際のところディズニーは政治と深く関わってきた。

1955年にオープンした米ディズニーランドには、政府や軍がスポンサーとして関わり、特にトゥモローランドのエリアに深く関わった。例えば、「サブマリン・ヴォヤッジ」という潜水艦に乗り込むアトラクションは、「灰色の原子力潜水艦」という設定で、米国政府の「原子力PR」を担っていた。

これはウォルト・ディズニー自身の思想も関係している。原子力を「人類が考えた夢の様な力」とし、アニメでも好意的に描いている。また、世界大戦時にはアニメ上で、当時アメリカと戦っていた、ヒトラー率いるドイツ軍をモチーフにした軍とミッキーを戦わせている。この映画は政府からの要請があって作られたものだが、ミッキーが戦闘機で日本軍のゼロ戦を撃墜するシーンや、昭和天皇を風刺するシーンはウォルトが自ら制作したものであると言われている。
時代背景と言ってしまえばそこまでだが、世界大戦や冷戦下において、米国の優位性や「アメリカの象徴」として愛国主義を訴えた。ウォルトは右派の共和党員としてタカ派の大統領候補も熱心に支持していた。

 

これは日本も例外ではない。

1957年に米国で放映された、ディズニーの原発PR映画「わが友原子力」の日本上映を全面的にサポートしたのが、“原発の父”正力松太郎氏率いる読売グループだ。1956年に原子力委員会が設置され、初代委員長として正力松太郎氏が就任、1957年に原子力平和利用懇談会と科学技術庁を立ち上げ、原発導入を推し進めた。そして、1958年1月1日、日本テレビが同映画を放映し、ディズニーと二人三脚で日本での原発導入の地ならしをした。1958年に発行された科学技術庁原子力局の「原子力委員会月報」には原子力教育に役立った映画として「わが友原子力」が挙げられている。

また、東京ディズニーランド建設のための資金集めは困難を極め、当時のオリエンタルランド社長 高橋政知氏は沼田武・千葉県副知事(のちに知事)と協力して千葉県から優遇措置を受けることに成功した。

東京ディズニーランドが実際にオープンしたのは1983年だが、東京ディズニーランドのオープンが決定したのは1974年、沖縄は1972年に返還されたが、まだ反米感情が強く、それを緩和するためだったとも言われている。

 

確かに、「夢の国」と「政治」は一見遠いものに思えるが、実際は、ディズニーは政治と深く関わってきた。今回の沖縄誘致も、辺野古移設問題で高まっている反米感情を緩和するためだと考えれば、実現する可能性は十分ありえるし(気候や予算の問題からリゾートホテルの建設が一番現実的だが)、政治利用だと言われても否定はできないだろう。

 

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